佐々木望の東大Days

東大Days公開記念! 佐々木望 Specialインタビュー

2013年に東京大学を受験し合格、この春(2020年)法学部を卒業した声優・佐々木望。
魅惑的なボイスで数々のキャラクターを演じ、人気と実力をあわせ持つ声優としてそのキャリアを重ねてきた彼が、仕事をしながら東大に入学し卒業したという発表は、私たちを心底驚かせた。しかも文系トップとされる東大法学部である。
いったいなぜ? どうやって? 何のために? 聞きたいことは山ほど浮かんでくる。
「東大Days ―声優・佐々木望が東京大学で学んだ日々―」公開記念のこの独占インタビューでは、受験から入学、キャンパスライフ、勉強のことなど、東大生としての日々を佐々木さんに伺ってみる。

インタビュアー:漫画編集者 永田裕紀子

Vol.8 法学徒の脇道① 〜2014年冬、駒場〜

「コミュニティ・スタディ」を知る


葉を落とした銀杏にもまた趣を感じられる冬の駒場キャンパス

法学部で「ロシア・旧ソ連法」を受けながら、他の学部でロシアや東欧の文学や芸術の授業も受けていらして、そして駒場の時代にはスペイン語も学んでいらして。
いろいろな国にご興味がおありなんですね。

佐々木(以下略) わりとそうなのかもしれません。読んできたものや観てきたものは、アメリカとヨーロッパの文学や芸術が多かったので、けっこう偏ってはいると思うんですけどね。

……実は、駒場時代の2年生の冬学期に、中国の文献を読む授業も取ってたんです。

中国も! 中国にもご興味が! それは中国語で読む、ということですか?

いえいえ、英語で書かれた文献です。
それがですね、この授業を取った経緯というか、成り行きが変だったんですけど……。

これは後期教養学部が開講している「専門英語」という複数の科目のひとつだったんです。

複数の、というと?

「専門英語」という名前の科目を何人もの先生が担当されてるんです。
それぞれ違う内容なので、科目間には関連性も連続性もなくて、どれかひとつでもふたつでも、好きなものを取ればよかったんですね。

いや、取ればよかったというか、私の場合はすでに法学部に進学することが決まってたので、後期教養科目の授業を取る必要性は本当はなかったんですが……。

でも、駒場時代の最後の学期だったので、法学部に行ったら英語関係の科目はほとんど取れなくなるかもしれないかなと思って、何かひとつ英語の授業を取ろうと思ったんです。
※法学部には、英語自体を学ぶという内容の科目はありませんが、講義が英語で行われる科目はいくつもあります。

いつも学ぼうという意欲に満ちていらっしゃる!

せっかく大学生ですからね(笑)。

シラバスを見る限りだと、曜日と時限と教室番号と先生のお名前しか書いてなかったので、それぞれの「専門英語」で扱う内容についてはわかりませんでした。
でも、英語の授業を取るのが目的だったので、内容はなんでもいいかなと思ってました。

で、曜日と時間がほかに履修している科目とかぶっているものは取れないので除外してみると、ひとつだけ、かぶらないコマの「専門英語」があったんです。

あ、よかったですね!
初回はガイダンスなのが通例なので、冷やかしということではないですけど、ちらっとのぞくだけのぞいてみて、あまりに興味とかけ離れていたり、もしくは内容が難しそうだったりしたらそっと教室を出て、取るのもやめとこう、と思ってました。
ふむふむ。

結果的に授業を取らないにしても、初回はだいたい、授業で扱うトピックについて先生がいろいろ概観的なお話をしてくださるものなので、それを伺えるだけでも楽しいんですよね。

だから、法学部に行ってからも、けっこう毎学期とも初回にいろいろな講義に顔を出してました。


広いキャンパスでも学友にばったり出会うと楽しく立ち話

概観的なお話だけでも、なんとなくその科目の見通しがよくなって興味が出てくるということがきっとあるんでしょうね。

ありますあります。初回ガイダンスは、ある意味で学生に対する先生のプレゼンなんですよね。

で、この「専門英語」の初回の日に行きました。
最初に来ていた学生は10人くらいで、この時点で、「あ、ちょっと少なめなんだな。途中退出は目立つから抜けにくいな、この状況は」と思ったんですね(笑)。

しかも、すでにいらしてた先生が、人数がそう多くないということで、「ああこれは(座席の配置をU字型に)囲んだ方がいいですね。皆さん机と椅子を動かしてください」なんておっしゃったので、会議とかでもよく使うような長テーブルを、先生をお誕生日席にするようにしてみんなでUの字に動かしました。

みんながみんなの顔を見られる、という配置ですね(笑)。それは途中で抜けにくいでしょう(笑)。

10人なのでちんまりした囲みです。絶対抜けられないですね(笑)。
でも、初回はガイダンスだから大丈夫、今日はお話を伺って、履修するかどうかはまた検討すればいいんだからと思って。

……と、思って。

??

まず、先生が中国語の原書とその英訳本を見せてくださったんです。
これは1930年代の中国の農村でのフィールドワークを基にした文献ですって。

もうそこで、「えっ中国?」「えっ農村?」「えっ1930年代?」「フィールドワークって?」「これ専門英語じゃなかったっけ?」「というか、中国?」「農村?」みたいに混乱して頭がループしました(笑)。

それはそうですよね! だって「専門英語」という科目なんですものね?(笑)
たしかに、扱う内容はなんでもいいとは思ってましたけど、それにしてもきっと英文学か英語学か、あるいはアメリカやイギリスの地域研究的なことだろうと思いこんでたんです。
だって、「専門英語」ですよ?(笑)
まさかアジア研究とは!(笑)
そうなんですよ。想定外すぎて……(笑)。
しかもU字の会議座りで(笑)。

しかもU字の会議座りで(笑)。逃げられないです(笑)。

そして、これはただただ当時の私がものを知らなかったということなんですけど、大学の科目には、輪読のゼミ形式のものがあるんです。
東大では教養学部や文学部で特にそういうスタイルの授業が多くて、これもそのひとつでした。

輪読のゼミ形式というのは、分担を決めて、みんなで少しずつ読んでいくというものですね?

そうです。各回の担当者があらかじめ文献を要約して、全員に配布するためのレジュメを作って、当日はそれをもとにして担当者がまず発表して、その後で疑問点なんかをみんなで議論するというものです。

そういう形式の授業はこのときがはじめてだったんですよね。
後で法学部に来てからはゼミをいくつか取りましたけど。

毎回議論をするということは、担当者の方はもちろんレジュメを作ったり大変ですけど、ほかの学生さんも、その回の箇所を読み込んでいかないといけないわけですよね?
そうなんですよね。
担当回だけが大変なんじゃなくて、毎回英文の資料を何十ページも読んで把握してから授業に出ないといけないという。
しかも、この学期は2年生の冬学期ですよね? 法学部の専門科目も始まっていらしたのでは?

そうです。
法学部の科目を多く履修していたので、あまり英語の文献を、しかも、昔のアジアの農村という馴染みのない題材についての文献を読み込むのは大変そうだなあと思って。

やっぱり参加は見合わせようと心の中で思いました。

でもそうはならなかったのですね?(笑)

その通りです(笑)。
そのまま、誰それが第何章、みたいに担当回が順番に割り当てられました。

「では佐々木さんは第2章をお願いします」ってなって(笑)。
「は、はい承知しました!」って元気よく調子よく返事したんですけど、内心は「うわーどうしよう」みたいな(笑)。

(笑)。それは、辞退できなかったんですか? 初回はガイダンスですよね?

まあ、辞退することはできたと思います。
そんな、強制的に参加させられるわけはないので(笑)。

でも、先生は中国の農村研究の専門家でいらっしゃって、その方からひととおり説明を受けておいて、いや私は参加しませんみたいにはちょっと言えなかったんですよね。
なんか性格的なんでしょうかね、これ。
会議座りだったというのもたぶんあったのかも(笑)。

もしかして、デパ地下なんかで試食したらその商品を買ってしまうタイプですか?(笑)

買いますね!(笑)
いやいやいや、それとこれとはまた別ですよ(笑)。

でも、何事にも自分の意志がはっきりしているタイプでもなくて、わりと、まあいいかみたいに流れのままに進むことがよくあります(笑)。
法学部に行ったのも、流れのままだったですし(笑)。

たとえば、今夜食べるものを決めるなんてときには、「いや今日は絶対に焼肉がいいんだ!」みたいに断固として主張できるんですけど(笑)。いやしなくていいですよね、それ(笑)。
人生にかかわることを決めるみたいなしっかりしないといけないところに限って、ふんわりしてたりするのかもしれません。
ううん、どうなんだろう、この性格(笑)。


勉強に読書に睡眠に(?)、仕事と授業の合間にお世話になった駒場図書館

今までのお話を伺っていても思いますが、佐々木さんはどの先生に対しても、どの科目に対しても、とても敬意を払っていらっしゃるんでしょうね。
だから、もしご興味があまりなかったとしても、専門の先生の専門の授業に対して、失礼な振る舞いをしたくないと思っていらっしゃるし、実際もされない、ということではないでしょうか。

ありがとうございます。そうありたいですね。

そんなこんなで、このゼミに参加することになりました。
こんな成り行きでしたけど、いやいやとか仕方なくとかでは全然なくて、やると決まったからには楽しく取り組もうと思いました。
担当回は第2章だったので発表の日までに2週間猶予があるし、それまでにはきっと慣れるだろうって。

前向きな姿勢がさすがです!

で、英語文献を読み始めたんですけど、やっぱり最初は、中国の歴史のことも社会のこともわからないし、英語だしで、全然スムーズに読み進められませんでした。
※Fei, Hsiao-tung and Chang, Chih-I. Earthbound China: A Study of Rural Economy in Yunnan. London: Routledge & Kegan Paul, 1948.(『英訳版 雲南三村』)

いや、しかし、受験で世界史を取らなかったツケが、こうやっていろんなところで回ってきましたね(笑)。

東大受験には世界史を選ぶべし、と皆さんにお伝えしたいですね(笑)。
もちろん、日本史と地理(の組み合わせ)にもいい面はありますから、選択としては自分が勉強しやすいものを取るのが一番だと思いますけどね。
ただ、受験で取る取らないにかかわらず、多くの大学生にとっては世界史の知識は後々必要になるかも、とは言えるでしょうね。
その文献は、フィールドワークで農村を研究したものということですが、内容としてはどんなことが書かれていたのでしょうか?

これは、1930年代の終わり頃から、著者たちが実際に中国のある小さな農村に滞在して、そこでの人々の暮らしや村のガバナンスなんかを調査したものなんです。

農村社会学、というジャンルになるんでしょうかね。
地域研究というよりももっとミクロの視点での、「コミュニティ・スタディ」というものなんだそうです。

事象についても人についてもすごく細かい観察を重ねていて、村での商売のやり方や村の外との交易みたいな経済的なことだけでなく、家族間や親族間の関係やエピソードとかもたくさん書いてありました。

最初は、「中国の農村経済の発展と限界」みたいなことにスポットを当てた本だと思っていたので、自分の趣味的にはかなり遠いイメージだったんですが、読んでいくとこれが面白かったんですね。
人が描かれているので。

社会のあり方だけでなく、その中に生きる人々が描写されているんですね。

ええ。この文献からさらに、コミュニティ・スタディ自体に興味が出てきて、そういった本がほかにないか調べたりしました。

それで、『ストリート・コーナー・ソサエティ』という本を読んだんですけど、これもとても面白かったです。
※ウィリアム・フット・ホワイト著、奥田道大・有里典三訳『ストリート・コーナー・ソサエティ』有斐閣、2000年

どんな内容なのですか?
アメリカで、イタリア系移民のスラムに生きる少年ギャングを研究したものなんです。
こういった本のように、フィールドワークには、著者が研究対象の人々の中に実際に入って過ごす「参与観察法」という方法があるということを知りました。
そうやってどんどんご自分で調べたりされて、本当にご興味がさらに広がっていかれるんですね!
勉強方法としてすごく正しいと思います!

そうですね。大学でコミュニティ・スタディについてまったく勉強しなかったら、もしかしたらこのジャンルのことはよく知らないままでいたんじゃないかと思うので、この農村研究のゼミに参加してよかったです!

最初は成り行きまかせでしたけどね(笑)。

次回、インタビューも成り行きにまかせてまだまだ脇道に!

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