佐々木望の東大Days

東大Days公開記念! 佐々木望 Specialインタビュー

2013年に東京大学を受験し合格、この春(2020年)法学部を卒業した声優・佐々木望。
魅惑的なボイスで数々のキャラクターを演じ、人気と実力をあわせ持つ声優としてそのキャリアを重ねてきた彼が、仕事をしながら東大に入学し卒業したという発表は、私たちを心底驚かせた。しかも文系トップとされる東大法学部である。
いったいなぜ? どうやって? 何のために? 聞きたいことは山ほど浮かんでくる。
「東大Days ―声優・佐々木望が東京大学で学んだ日々―」公開記念のこの独占インタビューでは、受験から入学、キャンパスライフ、勉強のことなど、東大生としての日々を佐々木さんに伺ってみる。

インタビュアー:漫画編集者 永田裕紀子

Vol.18 法学徒の苦心 〜2018年秋、本郷〜

勉強の「重さ」
お忙しい中でもできるだけ授業に出席していらっしゃったということですが、教室の中での佐々木さんのお姿は、いつもどんな感じだったのでしょうか?
発言などをされたときに、お声で声優さんだと気がつかれたりしませんでしたか?(笑)
発言したときになんとなく気づかれたようなことは何回かありました。
でもそのことが伝播することはなかったみたいです。
皆さんすごく思いやりのある方々でした。
そこが本当に素敵ですね、東大の学生さんたち。
普通はすぐ言い回ったりSNSに上げたりって、あるあるなのに。
教室では、基本的にいつも最前列あたりに座って、発言すべきとき以外はひっそりしてました。
たまーに教室の後ろの方で、講義前に雑談してる学生から「幽遊白書の」とか「NARUTOが」とかのワードが不意に聞こえてきて、びくうってしたこともありました(笑)。
なんか、振り返ることもできなくて(笑)。
別に私のことをわかっててというわけではなくて本当に偶然なので、よく考えたら自意識過剰だろっていうか、びくってしなくていいんですけどね(笑)。
佐々木さんはそれだけ長く人気の作品にたくさん関わられてきたということですよね。
しかし、いつも最前列に座っていらっしゃったとは! 真剣に学ぶ姿勢がすごいです!
いえ、私目が悪いんで(笑)。
前に座らないと黒板の文字が見えないんです。
それだけでなくてやっぱり、熱心な学生さんだと先生もきっと思っていらっしゃいますよ!

前に座るのは勉強するにはいいんですよね。
よく見えてよく聞こえますし、位置的に周りがほとんど視界に入らないから、講義に集中できるんです。
東大法学部には講義中に私語をする学生はほとんどいなかったですけど、後ろの方の席だとたまにちょっと私語が気になるときもあるんですが、前の席にいると私語はほぼ聞こえてこないですし。

もし、授業中に発言や質問がしたくても他の人に見られたり何か思われたりするのが恥ずかしいからできない、って思ってる学生の方がいるなら、最前列の正面に座るといいです。
そこだと、目の前に先生がいて他の学生のことは見えないので。
見られてても自分の後ろ姿だけですし、もし他の学生に何か思われても知ったこっちゃないです。
自分からは他の学生のことは見えないんですからね(笑)。

最前列真正面だと、まるで先生と一対一で話してるようですよね。
授業にも集中できるし、発言するプレッシャーも減るし、先生も嬉しいでしょうし、たしかにお得だと思います!
ですね!
私の場合は、とにかく見えないのが前に座らざるをえない一番の理由だったんですけど。
視力はもともと悪かったのが、大学に入ってから本やPCに長時間向き合うようになってさらに悪くなりました。
そもそも仕事でも目は使いますし、目の酷使は避けられないんでしょうけどね。


毎年10月に開催される「東京大学ホームカミングデイ」は卒業生と在学生の貴重な交流の機会

やっぱり、勉強を続けるには肉体的にも負担がかかるんですね、頭の中だけでなくて。

そうですね、肉体的な負担が!
勉強における体力の重要性を痛感してました。

法律科目だと、教科書や判例集や六法やらを講義に持っていくので、1科目だけですでに荷物が重いんですよね。
その日受ける講義が何科目もあったら、カバンひとつには本が入りきらないので、バックパックやトートバッグやらを駆使して詰め込んで大学に行って、仕事がある日はそれを持って移動するんです。

駒場(キャンパス)時代の1年生のときは、体育の必修授業があったので、大きなカバンに着替えとか運動靴とか入れて通いましたけど、法学部では荷物が全部本になるので、着替えと靴よりはるかに重いんですよね。

本は重いですよね、本当に。
パンパンにふくらんだカバンを何個も抱えてスタジオに入っていくので、「どうしたのその荷物。山登り?」とか聞かれました(笑)。
いっそ、旅行用のカートとかスーツケースとかでは?

それも考えたんですけど、一長一短で。
校舎の中にも外にも階段があるので、カートはかえって扱いにくかったりするんです。
小さい教室だと、カート自体の置き場所に困ったりもしますし。

法学部には学生用の個人ロッカーがあるので、一時的に荷物を入れるのに借りてました。

ロッカーがあるのですね!
お仕事に行くときは本はロッカーに入れて行かれなかったのですか?

ロッカーは便利ではあるんですけど……。
ロッカーに入れて大学を出てしまうと、その夜に家で勉強するときに本がないじゃないですか。
だから、大学の後のその日の動きがどうであっても、結局はほとんどの本を帰宅するまで持ち歩くことになってしまいました。

いつもだいたい荷物が重い状態で動き回ってたので、足は膨れるし腰は痛むし、なんなら背も縮みましたよ(笑)。
でも、かえって入学時より体力が付いたと思えるので、そこはよかったです(笑)。

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勉強の「ねむさ」
佐々木さんはお仕事の合間に悠々とスマートに勉強されてきたという印象を受けるのですが、実際はそうやってお仕事場やご自宅への移動もありますし、時間的にもお体の面でも、ご苦労されたのですね。


仕事の台本もじっくり読み込む

いえいえ、スマートさはなかったと思います。
大学の勉強は仕事の余暇にしていた、とお話しましたけど、気持ちのうえでは、片手間にということではなくて、確保できた勉強時間の間にできることをできるだけやろうとはしてました。

でも、理想と現実は違うもので、実際は勉強計画を立ててもその通りにできないことも多々ありましたし、教科書も参考書も買うだけ買ったけど机に積み上げただけで結局読みきれなかったという失敗も、それはいろいろとありました。

そこは仕方のない部分でもありますよね。
どうしても、社会人の方なので時間的な制約は大きい……。
たしかに、時間が足りなかったという理由もありますけど、それ以前に、なんか今日は勉強する気になれないな、みたいな日もありました。
「この時間のうちにこの勉強をしよう!」と思っていても、万年筆のペン先をうっとり眺めていつまでたっても取り掛からなかったり、食べもののことをうっとり考えてたり(笑)、考えてたら食べたくなって本当に食べに行ってしまったりして(笑)。
そんな日もありますよね。

いつの間にか六法の上に突っ伏して寝てたり、ということもしょっちゅうでした。
小型の六法は枕にちょうど良い高さだということを発見しました。
あっとんでもなく不敬ですね、すみません(笑)。

……夜10時頃までに帰宅できた場合、就寝までに勉強時間をとってましたが、よくこんなことが起きていました。

机に向かっていると腰と尻が痛くなる、すでに眠い、あくびしまくる、目が涙でいっぱいになる、涙で文字が見えない(笑)、顔を拭く、またあくび、目が涙で、のループです(笑)。

これじゃあちっとも進まないと思って、机に座るのをあきらめて、寝転んで基本書を読むことにするんです。
うつ伏せで、顔の下に本を置いて、スフィンクスの姿勢みたいになって(笑)。
そうすると、しばらくは読めるんですが、そのうち自分がいつまでもページをめくっていないことに気づくんです。
……それ寝てるんです(笑)。
スフィンクスの姿勢はまったく崩さずに(笑)。

いかんいかんビシッと進めなくては、と思ってまた読み始めるんですが、しばらくすると今度は自分の寝息が聞こえてくるんです(笑)。
スフィンクスの姿勢のままで(笑)。

じゃあもう今日は仕方ない、せめてこの章の終わりまで読んでから寝よう、と思って、今度は仰向けになって基本書を顔の上に掲げて再び読み始めます。
そうすると、数分以内に顔に基本書が落ちてきます。バサアって(笑)。
意識を失って手の力が抜けるので(笑)。
ちなみに、多くの基本書は分厚いハードカバーだったりします(笑)。

おそらく私は、法律の基本書を顔に落下させた回数の多さでは、世の法学部生の中でもトップクラスかもしれません(笑)。
落下した基本書の角で、まぶたや頬をよく切ってました(笑)。
そして、ろくに進捗のないまま、あきらめて寝るんです。

チェーホフに「ねむい」という短編がありまして、ずっと寝ることができなかった少女が、ある行為によって最終的にぐっすりと眠ることができるという話なんです。
これまったく笑えないストーリーなんですけど、眠くて勉強をあきらめた夜は、よくこの小説のことを思い出してました。
※チェーホフ著、神西清訳『カシタンカ・ねむい 他七篇』岩波文庫、2008年
※アントン・チェーホフ著、浦雅春訳『チェーホフ傑作選 馬のような名字』河出文庫、2010年

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未来の自分を信じない?


大好きな画家の一人、藤田嗣治の作品展のため京都まで足を運ぶ

そこまでしてお勉強を!
昼間はお仕事と大学で、それだけですごくエネルギーを使われますよね。
その上、夜間にまでとは。本当に意志がお強いと思います!

これは体力の問題というか、体力の配分の問題になるんでしょうかね。
昼間に仕事か大学があると、帰宅したときにはもう一日のエネルギーがあまりたくさんは残ってなかったりします。

だから、夜に勉強できるとは最初から期待しないようにしました。
それと、自分の意志の力も信用しないんです。
未来の自分を信じない、というか。

未来の自分を信じない?
ええ、少なくとも私は。
未来の自分の意志の力をあまり信じてないんです。
後でやろうとか、いつまでにここまで絶対とか、そのときは固くそう思っても、未来の自分がそれをそのまま守るかどうかはわからないので。
信じないというか、あてにしないんです。
なんというか、今の自分と未来の自分は別人だと思ってるところがあるんですよね。
今の自分と未来の自分は別人……。
だから未来の自分がどう考えてどう動くかは、今の自分にはわからないということですね。
面白いです。

もちろん、未来といってもきわめて近い未来なので、今の自分とまったく連続性がないということではないんですけどね。
それと、未来の自分を信じないといっても、それはあくまで作業面でというか、あるタスク的なことができるかどうかについてということであって、将来の目標や進化や向上についての自分の可能性を信じてないということじゃないんですよ。
あくまで、目標や進化や向上を達成するための過程としての、あるタスクができるかどうかという意味でです。

で、日々の勉強やトレーニングは、そういう意味ではタスクにあたるので、自分のモチベーションや処理能力に期待して、それを組み込んで計画を立てるよりは、モチベや能力がどうであろうと、そういうことに影響されないで確実に勉強ができるような「仕組み」を作る方がいいと思ったんです。

夜、もう眠いのに読み続けようとしても、時間ばかりかかって実は頭に入ってこないんですよね。
本が顔に落下してくるのも危ないし(笑)。

だから、できる日は朝に、できる時間だけ勉強することにしました。
やっぱり朝の方が体力も頭も余裕があるので、はかどるものなんですよね。
そして、夜は勉強できないのがデフォルトと考えてました。
その上で、もし夜に時間があって、眠くもなくて、ちょっとでも勉強できたら、それはそれでラッキーだなって思うようにしたんです。

朝お勉強されても、その後でお仕事や大学に出かけられるわけですから、体力的にも本当にハードだと思います。
勉強には集中力や記憶力が必要だとよく言われますけど、結局それは、まずは体力、健康に裏打ちされたものなんでしょうね。
健康は大前提で、体力には限りがあるので、自分にあった配分を考えていこうと思いました。

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試験の戦略的先延ばし
ところで、2回目の4年生の冬学期の科目は何を受けられましたか?
必修では「民法第1部」と「民事訴訟法第1部」、選択科目で「行政法第2部」と「日本近代法史」です。
民法1部は2年生の配当科目なんですけど、私は受けるのを延ばしに延ばして、やっとここで取りました。
民法1部の試験を2年生のときから何回か延ばされて、この学期で受けることにされたのはどうしてだったんですか?
ここで準備が整ったということだったんでしょうか?
そうですね。
2年生のときはとても受けられる状態じゃなかったんです。
何もわからなくて。
次の年も、やっぱりわからなかったです。
でも、民法の勉強はその間も少しずつはしていたので、その次の年になると、少しわかってきたような気がしました。
でもまだ試験を受けるのはいやだなと思って。
結局、私は、民法2部、4部、3部の順番で受けていきました。
カリキュラム上は一番最初に受けるものとされた1部を、一番最後に受けたんですよね。
カリキュラム通りに1部から順番に受けなくてもよかったのですか?

ええ、配当される学年は2年生とか3年生とか決まってますけど、別にその学年で取らなきゃいけないっていう決まりじゃないんです。
卒業までに取れればいいので。
とはいえ、ほとんどの人は2年生で民法1部を取ってしまいますけどね。

民法1部というのは民法の総論なので、各論の2部から4部の内容にも関わってくるんです。
だから、2部から4部を先に受けたといっても、実質的にはその間ずっと1部の勉強もしてきたといえますね。
1部を受けるのを先延ばしにした以上は、内容を十分に理解できるまでになって、結果も良い成績でありたいと思ったので、卒業近くなってから受けようと計画してました。

戦略的先延ばし、ですね(笑)。
行政法2部は、必修ではなかったんですけど、成績優秀者制度ではなんらかの実定法科目をいくつか余分に取る必要がありまして、それで選びました。
前の学期に取った行政法1部が面白かったので、2部まで勉強したいと思ったんです。


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それも戦略ですね!
この中では、「日本近代法史」は違う感じの科目に見えますが……。

そうですね。これは基礎法学というカテゴリの科目なんです。

法学部にはいろいろな科目がありますけど、今学期の民法や行政法のような実定法分野とは別に、基礎法学という分野があります。
英米法、ドイツ法、フランス法、中国法、ロシア・ソ連法、イスラーム法、ローマ法、法哲学、法社会学などですね。
どれも興味を惹かれますよね!
私もいくつか基礎法学の講義を受けました。

日本近代法史では、江戸時代から明治時代の日本の刑事法制と刑事裁判を勉強しました。
担当教員の和仁陽先生のお話も、講義で扱った刑罰や裁判例の史料も、すごく面白かったです。
こういう分野も好きなんだな、自分、と新たな好みを発見しました。
興味がつのって、国立公文書館にも調べものをしに行ってきました!
※独立行政法人 国立公文書館 http://www.archives.go.jp

国立公文書館! 一般の人も入れるのですか?

入れますよ!
明治時代からの政府の公文書が所蔵されていて、一般公開されてるんです。
企画展もあったりします。 楽しいですよ!

つい数年前の自分だったら、「日本の近代の刑事制度」と言われても興味を示さなかったと思います。
そういう分野に触れる機会もなかったですし。
それなのに、大学の科目として出会うと、すごく知りたいと思えるようになって、自分でも自分の興味の向かい方に驚くほどでした。

もしかしたら、その学問の分野にもともとご興味がまったくなかったというのではなくて、ご自分では意識されていなかったけれど、佐々木さんの中に何か素地のようなものがおありだったのかもしれませんね。
そうなんでしょうかね。
そうだとしたら、その素地を先生によって開いていただいたということなんでしょうね。
進んでもっと学びたいと思える科目に出会えたことが素晴らしいですよね。
大学に行かなければずっと出会わなかったものかもしれないですから。
そして、学期末試験でしたが、いかがでしたか?
うーん、それがですね……。
単位は全部取れたんですが……。
試験が終わった直後には「書けた! 行ける!」と思ってたんですけど……。
4科目のうち2科目が、自分的に大変悔しい結果になりました。
できるだけの時間をかけて勉強したつもりでしたけど、理解したような気になってても、ああそうか、自分にはまだまだ何かが足りなかったんだなって。
そして、もうこれで成績優秀者の道はついえたと思って、がっくりきました。
でも結果としては、ついえなかったですものね!
そうですね、結果的には。
でもこのときは本当にショックでした。
成績のために勉強してたわけじゃなかったはずなんですけど、成績が良くなかったことをこんなにガーンと思う自分にも、ちょっと驚きました。
そうだよな、そんなにいつもうまいこといかないよなって。
まあ、まだ残りあと一年あるので、残ってる科目はとにかく悔いのないように頑張ろうと思いました。
わかります。成績のための勉強ではないですけど、一生懸命勉強すればするほど、やっぱり結果もついてきてほしいと思ってしまいますよね。
不思議なもので、試験で手応えがあったものでも結果が良くなかったり、逆に、試験でぜんぜんできなかったと思ったものでも良い結果だったりすることってあるんですよね。
相対評価ということもあるんでしょうけど、自分の感触と成績とが違うことは、わりとありました。
でも、そんな場合でも、予想よりも良い方に違うことの方が多くて、「OKOK、結果オーライ」と思ってました(笑)。
もちろん、結果オーライですよ!(笑)
試験結果は成績だけが返ってくるのですか? それとも答案用紙も採点や添削などしてもらえるのでしょうか?
他の学部はわからないんですが、法学部では基本的に評価だけが返ってきます。
優上から不可までのどれか、ですね。
点数は、一部の先生を除いては、数字的に厳密に何点というのは、おそらく付けられていないんじゃないかと思います。
評価だけ返ってくるということでしたら、自分の答案の何が良くて何が良くなかったのかは教えてもらえないのですか?

そうですね。
制度上は、原則、自分の答案について先生から個別のレスポンスは得られないと思います。
ただ、先生によっては、その科目を受験した学生ひとりずつに時間を割いて講評してくださる方もいらっしゃいます。
ありがたいですよね。

(2回目の)4年生冬学期までの成果を見たい方はコチラ

卒業まで残り一年のところまできましたね!
ええ。
でも、実はひとつ、すごく心配な科目がまだ残ってたんです。

次回、残り一年も悔いなく突っ走ろう! 8月17日(月)頃更新予定。

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